右衛門の甚にも心を引かれ、勾坂甚内はずっと以前《まえ》から甚右衛門の楼の馴染《なじみ》とし、この里へ来るごとに立ち寄っていたが、心中では一度甚右衛門に逢って見たいと思っていた。
「庄司甚内と庄司甚右衛門。どうも非常に似ている名前だ。と云って泥棒の庄司甚内が足を洗って遊女屋になり廓中支配役になるようなことは絶対にあるべき筈はないし、もしまたそれがあったにしても、自分は賊であった庄司甚内をかつて一度も見たことがないから、たとえ顔を合わせたところでそれと知ることは出来そうもない」――勾坂甚内はこう思いながらも折りがあったら逢って見たいとやはり思ってはいるのであった。

        四

 長い暖簾《のれん》をひらりと刎《は》ね甚内は土間へはいって行った。
「いらっしゃいまし」と景気のよい声、二、三人バラバラと現われたが、
「お、これは白須賀様、ようおいでくだされました。さあさあ常時《いつも》のお座敷へな、お米さんがお待ち兼ねでござんすに」
 白須賀は甚内の変名である。盗んだ金だけに糸目をつけず惜し気なくパッパッと使うのでどこへ行ってもモテルのであった。通された常時《いつも》の座敷というは
前へ 次へ
全27ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング