た床へまたはいり夜の明けるのを待ちました。朝のお茶の時に食堂で良人の顔を見ましたところ、大変蒼いじゃございませんか。どこかお体でもお悪くて? 私が訊きますと首を振って、いいやと一言云ったきり、黙ってお茶をのむのでした。そこへ新聞が来ましたので何気なく取り上げて見ましたところ、思いあたる記事がございました。燐光を放す巨大な獣が、昨夜市中にあらわれて、府庁官邸の宅地まで来ると消えてしまったという記事です。私はハッと思いました。それでは昨夜窓に映った銀色をしたあの光は、さては怪獣の光だったのかと……。
『あなたは昨夜変な光を窓からごらんになりませんでして?』私は良人に訊いてみました。すると良人はひどく顫《ふる》えて蒼白《まっさお》になったじゃありませんか! けれど変化したその表情は、すぐに良人の強い意志で抑えられてしまったのでございますね。良人は冷静にこう云ったものです。
『いいや、そんな光は見なかったよ』
 それで私は新聞の記事を良人の方へ向けまして、
『昨夜二時頃この町へ怪獣が出たそうでございますね』
『ふうむ、怪獣? どんな怪獣?』良人は益※[#二の字点、1−2−22]冷静に、『町の人達の錯覚だろう。燐光を放す獣なんかこの世にある筈はないからな』
『でもねあなた、その光を、昨夜私も見たのですよ』
『お前が見たって、その光を? それじゃお前も錯覚党の仲間入りをしたって云うものさ』
 こう云って良人が笑いましたので、私もそのまま安心して黙ってしまったのでございます。
 けれどどうやらそれからというもの、良人の様子が沈んでしまって、考え込むようになりました。そんな時私が話しかけましても、ろくろく返辞さえ致しません。そうかと思うと何んでもない時に、お前今何んとか云わなかったかい、などと訊く事がございます。一体の様子が何かこう遠い昔の思い出事に耽ってでもいるように見えまして、気味が悪いのでございます――こんな塩梅《あんばい》でつい昨日まで日を送って来たのでございます……ところが昨夜、いえ今朝です、それも午前の二時頃です、私は再度室の窓が燐の光に反射して、銀色に輝くのを認めました。そこで私は飛び起きて窓の側まで走って行って、首を出して戸外《そと》を覗きましたところ……」
 夫人はここで声を呑んだ。
「恐ろしい恐ろしい何んて恐ろしいんでしょう! 私は今でも思い出すと夢ではないかと
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