沙漠の古都
国枝史郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)逸速《いちはや》く

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)怪獣|何処《いずこ》より

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]

 [#…]:返り点
 (例)贈[#レ]僧
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    第一回 獣人


        一

「マドリッド日刊新聞」の記事……
[#ここから4字下げ]
怪獣再び市中を騒がす。
[#ここから1字下げ]
 去月十日午前二時燐光を発する巨大の怪獣|何処《いずこ》よりともなく市中に現われ通行の人々を脅かし府庁官邸の宅地附近にて忽然消滅に及びたる記事は逸速《いちはや》く本社の報じたるところ読者の記憶にも新たなるべきがその後怪獣の姿を認めずあるいは怪獣の出現も通行の人々の幻覚に過ぎず事実上かかる怪獣は存在せざりしには非ざるやと多少の不安と危惧とをもって両度の出現を待ちいたるところ……。
[#ここで字下げ終わり]
「ホホオそれじゃまた怪獣が出現したというのだね?」
 民間探偵のレザールが全部新聞を読んでしまわないうちに、傍らで聞いていた友人の油絵画家のダンチョンが、驚いたようにこう云った。
「どうやら再び現われたらしい――ところが今度はこの前と違って、顔ばかりに……むしろ眼の縁《ふち》だけに燐光を帯びている獣《けだもの》だそうだ。まあ聞きたまえ読むからね」
 南欧桜の咽せ返るような濃厚な花の香が窓を通して室の中いっぱいに拡がっていた。その室でレザールとダンチョンとは肘掛椅子に腰かけたまま軽い朝飯をしたためた後、おりから配達された新聞をこうして読んでいるのであった。
「いいかい読むぜ。聞きたまえよ」
 そこでレザールは読みつづけた。その要点はこうである。
 ――昨夜、すなわち三月十日、時刻もちょうど午前二時頃、両眼の縁に燐光を纒った、犬のような形の動物が、忽然街路に現われたが、府庁官邸の宅地まで行くと、そのまま姿が見えなくなり、それと同時に一軒の家から、恐怖に充ちた男の声が、一瞬間鋭く響き渡ったが、それもそのまま静かになった。そして不思議にも怪獣の姿は、どこにも見えなかったと云うのである。
「燐光を放す動物なんて、実際そんなも
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