のがあるのだろうか?」
「さあ」とレザールは考え深く、「全然ないとも云われない。魚には確かにあるのだからね」
「そりゃ魚にはあるだろうけれど――例えば烏賊《いか》などはその通りだが、眼の縁だけに燐光を放すそんな獣ってあるものだろうか――それはそれとしてもう一つこの新聞記事で見るとどうやら奇怪な動物なるものは、二匹いるように思われるね」ダンチョンはレザールの顔を見て審《いぶ》かしそうに云ったものである。
と、レザールは微笑を浮かべたが、
「つまり眼の縁だけ燐光を放す昨夜あらわれた怪獣と、去月十日にあらわれた全身に燐光を放す獣と、都合二匹というのだろうね……君もなかなか眼敏《めざと》くなった。僕も新聞を見た時からこいつをおかしく思ったんだ――燐光を放った獣なんか一匹いるさえ不思議だのに、二匹もいるということはどう考えてもちと腑に落ちないね……なあにやっぱり一匹だろう」
「記事からいくと二匹だがね」
「往来の人の錯覚でこの前は全身が光るように見え、昨夜は眼瞼《まぶた》だけ光るように見え、それで驚いたに違いないよ……で僕は一匹だと思う……だがあるいは、あるいはだね、一匹もいないのかもしれないよ」レザールは微妙に云ったものである。
「全部を錯覚にするのだね?」ダンチョンは首を横に振って、「一度ならず二度までも一人ならず数人の者が、そういう獣を見たのだから、錯覚とばかりは云えないね」
「君の云うのが本当かあるいは僕の説が正しいか、探って見なければ解らないが、ただ怪獣が出たというばかりで世間の害にならないのだから、探って見ようという興味もない……依頼者でもあればともかくだが」
「しかし」とダンチョンは遮《さえぎ》って、「無害ということも云われないね。現にその獣に脅されて悲鳴をあげた者があるといって、この新聞にも書いてあるんだからね」
「無理に難癖をつけるとして秩序紊乱という奴かな。怪獣の秩序紊乱かな……どうも獣じゃ仕方がない――それとももしやその獣の……オヤ誰か来たようだ。こんなに朝早く来るからには火急の事件に相違あるまい」
コツコツと扉を打つ音がした。
「おはいり」とレザールは声をかけた。扉が開いて一人の貴婦人があわただしげにはいって来たが、レザールとダンチョンの二人を見ると当惑したように立ち停まった。
レザールは恭※[#二の字点、1−2−22]《うやうや》しく立ち上がっ
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