、「いいえそれには及びません。なるほどそうかも知れません。名誉の探偵でいらっしゃいますもの……それにしても本物のポンピアド様は、どうしていらっしゃらなかったのでございましょう?」
「たしか旅行中でございました」
「それではあなたはポンピアド様に断わらずにおやりなすったので?」軽く夫人は非難した。
「毎々のことでございますよ」レザールは愉快そうに微笑した。
「そんな権利がございまして?」と夫人の声はやや鋭い。
「さよう」とレザールは真面目になり、「私と、それにもう一人、私にとっては大先輩で、かつまた非常に仲のよい――奥様もあるいは名前ぐらいはご存知でいらっしゃるかもしれませんが――ラシイヌという探偵だけには、そういう権利がございますので。どうしてと申しますに我々二人は、政府の機密に参加したり、皇室のご依頼に応じたり、これまで数度その方面で働いたことがございますので、政府は我々二人の者へ特権を与えてくれました」
すると夫人は頷いて、
「そうでございましょうね、よくわかりました。――ただ今お話しのラシイヌ様、知っているどころではございません。ただ今お逢いして参りましたので」
「ああそれじゃもうお逢いでしたか」
「そうしまするとラシイヌ大探偵が私にこのように申しました――レザールにもご依頼なさるようにって」
レザールは苦笑を浮かべたが、ダンチョンの方を振り返り、
「ラシイヌが僕を験《ため》すらしいね」
それから夫人の方へ頭を下げて、「それではどうぞお話しを――ラシイヌへおっしゃったと同じように、私にもお話しを願いたいもので」
椅子に寄ったまましばらくじっと市長夫人は黙っていた。それから静かに話し出した。
二
「……どこからお話し致しましょう? やっぱりずっと最初からお話しした方がよさそうです――先月十日の真夜中でした。午前二時頃ででもございましたでしょうか、突然|良人《おっと》の居間の方から呻くような声が聞こえましたので、しばらく聞き澄ましておりましたところ、それっきり物音が致しません。きっと夢でも見たのだろうと、そのまま眠ろうと致しますと、庭の方へ向いた室の窓が不意に明るくなりましたので吃驚《びっくり》して起きようと致しました。さようでございますね、その光は銀のような光でございました――ところが窓のその光も次の瞬間には消えましたので、起きかかっ
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