。でまた二人は黙り込んだ。
「それで」とレザールは重々しく、「ご依頼の件は怪物が今後一切窓の側へ現われないように警戒する――ただそれだけでございましょうか?」
 夫人はちょっと躊躇《ちゅうちょ》したが、
「はい、ただそれだけでございます」
「怪物の正体は何であるか? 何故窓の側へあらわれたか? 閣下が怪物を見られた時、何故独り言を洩らしたか? そして何故卒倒なされたか? 調べる必要はございますまいか?」
 夫人はまたも躊躇したが、
「いいえ必要はございません」
 レザールはその眼をグルグルと廻し、彼独特の悪戯児《いたずらっこ》のような、無邪気だけれど意地の悪い、微妙な笑いを洩らしたものの、夫人の悄《しお》れた様子を見るとすぐその笑いを引っ込ませた。
 彼は母指《おやゆび》の爪を噛み――彼の一つの癖である――天井の方へ眼をやりながら、かなり長い間考えていた。それから夫人へ質問した。
「奥様、あなたはご良人《しゅじん》といつ頃結婚なさいましたな?」
「はい、今から一年前、印度に主人がおりました時に……私も印度におりましたので」
「それでは奥様はそれ以前の閣下の行動に関してはご存知ないわけでございますな?」
「良人が話してくれませんので」
「そこでもう一つ最近において――先月十日以前において、誰か様子の怪しいような訪問客はございませんでしたかな? 閣下に対する訪問客で……」
「いいえ、一人もございませんでした。素性の解った方達ばかり他にはどなたも参りませんでした」
「そこでもう一つ閣下におかれては、どなたと一番お親しいので?」
「私と違いまして良人は誰とでも快よく逢いますので来客も多うございますが、探検好きでございますから、やっぱりこれも探検好きのエチガライさんとは特別に親しいようでございます」
「ははあエチガライさんでございますか? 動物園長のエチガライさん?」
「はい、さようでございます」

        三

「これは重大のことですが」レザールはにわかに重々しく、「エチガライさんが来られた場合《とき》の閣下の態度はどんなようでしょう?」
「大変親しいのでございます。すぐと書斎へ引っ込んで内から扉へ錠を下ろし、一時間でも二時間でも話し合うのでございます。良人《おっと》がこれまで探検したいろいろの地方から発掘した動物の骨とか瓦とかそんなものを二人で研究したり、それにつ
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