いて二人で議論したり、そしてどうやら二人して著述にでもかかっておりますようで」
「いいことを聞かしてくださいました。大変参考になりそうで」
 レザールは親しそうにこう云ったが、
「ところで園長のエチガライさんは、たしか閣下のご周旋で今の位置につかれたということですが?」
「さようでございます。私達が印度を引き揚げて当地へ参り、ものの一月と経たない頃訪ねていらしったのでございまして……」
「どちらから来たのでございましょうな?」
「あの方は良人の友人で、私とは関係がございませんし良人も私にあの方については何とも話してくれませんので、どちらから参られたか存じません――けれど良人にとりましては、大事な人と見えまして、ただ今の地位も見つけてあげるし、金銭上の援助なども、時々するようでございます」
「もう一つお訊ね致しますが、印度から当地へ参られてから、盗難とかまたは紛失とか、そういう種類の災難におかかりなすったことはございますまいか?」
「さあ」と夫人は首を傾《かし》げ、しばらくじっと考えていたが、「いいえ、なかったようでございます……けれど、たった一度だけ――いいえ恐らくこんな事は参考になんかなりますまい」
「それはいったいどんなことで?」レザールはかえって熱心に訊いた。
「先月の初めでございましたが、新米の女中が誤まって良人の書斎を掃除しながら、捨ててはならない紙屑を掃きすててしまったとかいうことで、良人が大変な権幕で叱りつけたことがございました」
「すててはならない紙屑を女中が掃きすてたというのですな? ハハアこいつは問題だ! 閣下が憤慨なさる筈だ! そして女中はどうしました? もちろんお宅にはおりますまいが?」
「短気な女中でございまして、叱られたのが口惜しいと云って暇を取って帰ってしまいました」
「行衛《ゆくえ》は不明でございましょうな?」
「女中の行衛でございますか。いいえ判っておりますので」
「え、何んですって? わかっている? そうしてどこにおるのですかな?」
「エチガライ様のお宅ですの――エチガライ様がその女中を最初にお世話してくださいましたので」
 レザールは元気よく立ち上がった。そうして夫人へ頭を下げ、例の微妙な微笑をして、
「奥様、ご安心なさいまし――もう怪獣はこの市中へは、決して姿は出しますまい。出さないようにいたしましょう」
 夫人もスラリと立ち
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