たが、その時、またも、囁いた。
「ズンズン行くがいいぞ! 張教仁! 左へ左へ左へとな! 突き当りの帳《とばり》をかかげるがいい……」
云ってしまうと、老苦力は銅像の影へ身を寄せた。ともうどこへ行ったものか、どう見ても姿は見えなかった。
冒険を覚悟のこの私は、苦力の言葉に従って、左へ左へ左へと、足を早めて歩いて行った。二十分あまりも歩いた時、長い廊下が行き詰まり、そこに一つの室があった。しかも扉は半ば開き、内側に垂れた錦繍の帳の色さえ見分けられた。私は少しの躊躇もせず、グッと帳をかかげると共に、室へスルリとはいったのである。
ああ、夢のような室の態《さま》よ!
ほんとに夢のような小さい室! その室を仄かに馨《かお》らせるものは、甘い阿片《アヘン》の匂いである。室を朦朧と照らしているのは、薄紫の燈火である。それは天井から来るらしい。天井から来る薄紫の燈火の光に照らし出されて、幽かに見える一つの寝台。白衣の乙女がその上で、のどかに阿片を飲んでいる。
乙女の顔を見た時の、私の驚きと喜びとは、筆にも言葉にも尽くされない。乙女は尋ねる紅玉《エルビー》であった。……私は寝台に走り寄った。そして紅玉《エルビー》を抱きしめた。
「お前は紅玉《エルビー》! ああ紅玉《エルビー》!」
私の洩らした言葉と言えば、たった二言のこれだけであった。これだけを洩らすと私の眼から滝のように涙が流れ出た。
すると、彼女は――紅玉《エルビー》は、眠げにその眼をひらいたが、私の顔をじっと見て、そして異様に微笑した。それからまたも眼を閉じたが、やがて静かに語り出した。夢見るようなその言葉つき……。
「……私あなたを知っています。張教仁さんね。そうでしょう……かすかに覚えておりますわ。沙漠であなたと逢ったことも! そして、そうそう、金雀子街で不意にあなたと別れたことも――遠い遠い昔のことよ! 五年も十年も二十年も――そして私はその頃は、あなたを愛しておりましたわ! そして、あなたも、私をね……でももう駄目よ! そうでしょう! 私は他人の物ですもの。ですから二人は諦めて赤の他人になりましょうね……泣いては厭よ、ねえあなたや……それよりも阿片でも飲みましょうよ。阿片を飲んで、飲んで、飲んで、涙を忘れましょうね」
「紅玉《エルビー》! 紅玉《エルビー》! ああ紅玉《エルビー》! お前は阿片に酔っている
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