ンズン下へ降りて行った。十分ほど時間を費した時、とうとう私は地下の室へ、自分が来た事を発見した。
室の三方は壁であった。天井の中央からはシャンデリアが無数の電球を下へ向けて、室を明るく照らしている。飾りらしいものはないけれど、室の中央に一脚の丸卓子が置いてあって、その上に一葉の紙があり、紙には設計図が書かれてある。それにもう一つ、巨大の像――支那服を纒った老人の、巨大の像が室の口に、居然と置かれてあるのであった。
十五
私はその像を見ているうちに、誰の銅像だか解って来た。すなわちそれは既に死んだ袁世凱の像である。どういう訳で袁爺《えんや》の像が、ここに置かれてあるのだろうかと、私はしばらく考えて見たが、それの解ろう道理がない。袁爺の像はここばかりでなく、十字形をなした長廊下のその真ん中にも置いてあった。廊下の真ん中に置いてある袁爺の像を発見《みつけ》る前に、私は奇怪な地下の館の、あらゆる場所を見歩いたのであった。蜘蛛手《くもで》に延びている無数の廊下! 廊下の左右には室の扉がズラリと一列に並んでいた。私は室の扉を叩いて見た。誰も中から返辞をしない。返辞こそしないが室の中には沢山の人達がいると見えて、賑やかな声が聞こえていた。しかも賑やかなその声は、何かに酔ってでもいるように、濁った、だらしのない喉音《こうおん》である。
それから私は尚懲りずに、二、三の室の扉を叩いて見たがやっぱり返辞をするものがない。濁った、だらしのない、喉音だけがガヤガヤ聞こえて来るばかりである。一つの室からはハッキリと詩《うた》を唄うのが聞こえて来た。
[#ここから1字下げ]
古木天を侵して日已に沈む
天下の英雄寧ろ幾人ぞ
此の閣何人か是れ主人
巨魁来巨魁来巨魁来
[#ここで字下げ終わり]
「あの詩をうたっているんだな」
私は別に気にもかけず、先へズンズン歩いて行った。そして廊下の十字路のその中央に置いてある袁爺の銅像の前まで来て、像を見上げて佇んだ。
すると、忽然と、像の影から、一人の支那人があらわれた。見れば、意外にも、その男は、金雀子街で姿を見せた、穢い年寄りの苦力《クーリー》であった。今日もやっぱり酔っている。ヒョロヒョロとあぶなそうに歩いている。
「おや!」
と、私は仰山に、驚きの声を洩らしたのである。しかし老人は見向きもせず、右の方へユラユラと行きかけ
前へ
次へ
全120ページ中53ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング