足無い衣食、そうして子さえ出来たので[#「ので」は底本では「の族で」と誤植]、心ゆくまでの大栄華に、彼は浸る[#底本では「侵る」]ことが出来たのである。
彼の館の庭園に古い広い池があった。以前空地であった頃から其池は其処に在ったので、其頃から其池は人達によって、「蟇の池」と呼ばれていた。夫れは巨大な無数の蟇が其処を住家にして住んでいるからで、そう云えば本当に初夏の候になると、水草の蔭や浮藻の間に、疣々のある土色の蟇や、蒼白い腹を陽にさらして、数え切れない程の沢山の蟇が住んでいるのが、彼にも見えた。
「蟇というものは一見すると無気味じゃが、よく見ると仲々雅致がある。決して池の蟇は殺してはならぬ」
純八は家人へ斯う云い渡して、却って蟇の保護をした。
然るに此処に困った事には、その池の蟇を捕えようとしてか何処からとも無く無数の蛇が、庭園の中へ集まって来て、女子供を驚かせたり、縁や柱へ巻き付くので、尠《すくな》からず純八は当惑し、見付ける端から殺させたけれど、蛇は益々増るばかりであった。
と云って蟇を殺すことは、純八は何うしても許さない。
斯うして三年目の夏が来た。
其時事件が起っ
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