凝らせる館を築けば、即ち屏障光を争ひ、奇樹怪石後園に類高く、好望佳類類うもの無し。婢僕多く家に充ち、衆人を従へて遊燕すれば、昔日彼の貧を嫌つて、接近を忌みたる一門親族[#底本では「族」が脱字]も後に来つて媚を呈す。云々……(下略)」
 要するに、彼は一朝にして、王侯の生活に達したのであった。で成金の常として幾人もの妾を蓄えたが、笹千代という二十歳の美婦を専《もっぱ》ら彼は寵愛した。
 斯うして彼の好運は、先拡りに益々拡り、容易に崩れそうにも見えなかった。併し老医師千斎ばかりは、あの時以来足踏みをせず、純八の噂の出る毎に、
「いやいや誠の栄華ではござらぬ。魑魅魍魎の妖術でござるよ」
 斯う苦々しそうに云い放し、彼の運命を気遣うのであった。幼馴染の筒井松太郎は、以前《むかし》に変らぬ友情を以って絶えず彼の許を訪れたが、是も時々小首を傾げ、
「ハテ、此素晴らしい好運は、一体何時まで続くのであろう?」と、不安そうに呟く事があった。
 斯うして一年は経過ったが、其時大きな喜が復も純八に訪れて来た。それは笹千代が男の子を儲けたことで、早速吉丸と名を付けて、宝の様に慈愛《いつくし》んだ。美しい女、不
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