たよの! 我の貧困を憐み給い巨財をお授け下されたのであろうぞ! 南無阿弥陀仏」
 と思わず知らず、純八は念仏を申したが、果して彼の思った通り、数えもされぬ程の其財宝は仏菩薩よりの贈物であったろうか?
「いや!」
 と医師の千斎だけは、その好運を否定《うべなわ》なかった。
「それこそ妖怪の誘惑でござるよ。すべて災難の参る時は、多くは最初には夫れと反対に、好運めいたものが参るものでござる。お気の毒な、純八殿じゃ。妖魔に魅入られて居られやす哩。が夫れにしても彼の老僧抑々何物の変化であろう」

  蟇の池の怪

 斯ういうことのあったのは、元禄十五年六月のことで、諏訪因幡守三万石の城下、高島に於ける出来事である。
 偖《さて》、斯うして巨財を贈わった。本条純八は、是迄の貧しい生活を捨てて、栄誉栄華に日を送る事を、何より先に心掛けた。
 この物語の原本たる「異譚深山桜」には、其時の事を次のように、美しい文章で書いてある。
「(前略)……彼の歓喜限り無く宛《さなが》ら蚊竜時に会うて天に向かつて舞《のぼ》るが如く多年羨み望みたる所の家財調度を買求め、家の隣の空地を贖ひ、多くの工匠を召し集めて、数奇を
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