たのである。
それは夕立の晴れた後の、すがすがしい午後のことであったが、三歳になった吉丸は母の笹千代に連れられて、池の畔《みぎわ》を歩いていた。すると草叢から一匹の蛇が、紐のようにスルスルと走り出たが、ハッと思う暇も無く吉丸の足へ巻き付いた。
「あっ」
と驚いた笹千代は、自分も長虫を嫌う所から、消魂く人を呼び乍ら、一間余りも飛び退ったが、どぶん[#「どぶん」に傍点]という水音に驚いて、ギョッとばかりに振り返って見ると、吉丸の姿が見当らぬ。
池の岸まで走り返えり、じっと水面を隙かして見れば、どこよりも蒼い水の面に、一に小さい波紋があって、次第々々に大きくなり、やがて幽に消え失せたが、正しく波紋の真中には、いたいけ[#「いたいけ」に傍点]な吉丸の死骸が沈んでいるに相違ない。
彼女の声に驚いて、純八を初め家婢下男共は、周章てて其場へ駈けつけて来たが、早速には何うする事も出来なかった。
これぞ最初の不幸なのである。
妖僧再び出現
併し最初の此不幸は、意外な物の救助《たすけ》に依って、不思議にも恢復《とりかえ》す事が出来た。
それは、其夜の事であるが、嘆き疲れた純八が、思わ
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