らお気の毒にも本条殿は復も妖怪に憑かれたらしい」
 で、千斎は其時以来ピタリと足踏みをしなくなった。
 それに反し、幼馴染の、筒井松太郎は以前よりも、一層繁く出入りをしたが、併し夫れには或る何等かの邪《よこしま》の目算《もくろみ》が胸にあって、その目算を果そう為、接近いているのではあるまいかと、疑われるような節があった。とは云え夫れが何であるかは勿論誰にも解らなかった。併し兎に角松太郎があの[#「あの」に傍点]議論以来純八に対して怨みを抱いているということは、疑いの無い事実である。
 斯うして半年が過ぎ去った。果然その時案じていたような惨しい悲劇が湧き起こった。そうして夫れは松太郎に依って、計画されたものであった。で、作者はもう一度「深山桜」を引例して、その恐ろしい最後の悲劇を読者のお耳に入れようと思う。
「……旧友筒井松太郎は、議論の怨みを晴さんものと、窃に機会を窺い[#底本では「窮い」]居たるが、深山と純八との仲宜きを見て、己その仲を裂き呉れんと、或ひは口を以て深山を説き、又は艶書を送りなどして、彼女の心を乱さんとせり、然るに純八遇然の事より早くも松太郎の奸策を知り、勃然として怒り
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