を発し、久しく交わること兄弟の如きに、己が恋人を横取りせんとは不義とや云はん無道人とや云はん、このままには捨て置かれじと、或日彼の来たるを待ちて、互に刀を抜き合はせ、止める者なければ充分に戦ひ、遂に松太郎を切り斃し、留を刺し血を拭ひ、最早此地には居られずと、深山を連れて落ち延びける。此処に筒井松蔵といふは、松太郎の実の弟なりしが、兄の仇を討たんずものと、主君因幡守に暇を乞ひ、ただ一人にて出立せしが、巡り巡つて三年越し、更科の郡|姨捨《うばすて》山の、月見堂の傍まで来かかる折柄、人住めるとも思はれぬ荒れ廃たれたる茅屋ありて、人の呻く声の聞ゆるに、こは怪しと覗き見れば二人の男女籠もり居たり。男は意外にも純八なりしが、顔色蒼褪め死せるが如く、髪髭自在に生い茂り、身体痩せて枯木に似、而も昏々と眠れるなり。女の方は深山なりしが、純八を犇と抱き抱へ、長き舌を口より吐き、男の頭をヒラヒラと舐る。奇怪の光景に驚き乍らも、素破敵を見付けたわと、戸を蹴破つて押し入りつ松蔵は大音に呼ばはるやう「今は天命遁れ難し、いで立ち上がつて勝負せよ!」と、声に驚き逃げ出す女を「汝も敵の片割ぞ!」と、一刀サツと切り付ける
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