歯の無い口
「偖こそ妖怪!」
と純八は、腰の太刀に手を掛けると、キラリとばかりに抜き放した。途端に飛びかかる蟒《うわばみ》の胴を颯と斜めに切り付ける刹那、太刀は三段にバラバラと折れた。
「南無三宝!」
と飛び退いた折しも、
「お逃げなさい!」
と叫ぶ声が、背後の方から聞えて来た。
「もう逃げるより仕方が無い」
純八は一散に走り出した。元来た方へ走るのである。走り乍ら振り返えると[#底本では「振り退えると」]、シューッ、シューッと音を立て乍ら、蟒は後から追っかけて来る。「追い付かれては一大事!」と、彼は今は見返えりもせず、命限り走って行く。行手に梅の古木があり、根元に一箇の洞穴がある。洞穴へ飛び込んだ。と、その瞬間、月の光の、ほのかに地上を照らしている、小坂観音の境内が、彼の眼前へ現れた。
「あら有難や、魔界を遁がれたは!」
「恐ろしいか! 本条純八!」――嗄れた声が背後から呼ぶ。
「何を!」
と彼は振り返った。梅の古木の洞穴から、僧が半身を現しながら、歯の無い口を大きく開けて、声を立てずに笑っている。
「己れ妖僧!」と小刀を抜き「覚えたか!」と切り付けた。
夥しい臭気
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