。
「此方じゃ、此方じゃ」
と、老僧は、純八の前に立ち乍ら、足を早めて走り出した。其後の事は「異譚深山桜」に、次のような文章で記されてある。
「……白光仄々たる一条の路を、僧に従つて走り行けば、十町余にして一天地に出づ。天蒼々と快く晴れ、春日猗々として風暖く、河辺、山傍、又田野には、奇花芳草欝乎として開き、風景秀麗画図の如し。行く行く一座の高楼を見る。巍々たる楼門、虹の如き長廊、噴泉玉池珍禽異獣、唱歌の声は天上より起こり、合唱の音は地上より湧く、忽ち、美人と童子とありて、遙かに望見して一揖す。即ち、笹千代と吉丸のみ。云々(下略)」
「あっ」
と純八は夫れを見ると、喜びの声を上げ乍ら、二人の居る方へ走り出した。笹千代も吉丸も夫れと見ると、是も喜んで走り寄って来たが、俄に足を止めて指さした。そして大声で斯う叫んだ。
「お逃げなさい! お逃げなさい!」と。
純八はハッと気が付いて、背後の方を振り返った。
見よ! 背後には僧は居ずに、皓々と輝く一匹の巨蟒《うわばみ》、数間に延びたる蛇体の一部に、可笑くも墨染の法衣を纏い、純八を目掛けて一文字に、矢のように飛び掛かって来るではないか!
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