と呼び掛ける。夫れはどうやら梅の古木の洞穴の中から来るようである。
 彼は不思議に思い乍ら、洞穴の方へ近寄って行った。そして其前に立ち乍ら、
「何人でござるな? 呼びなされたは?」
 斯う云って声を掛けて見た。すると、其時、見覚えのある、例の老僧が洞穴の中から、ヒョイと半身を現したが、
「愚老でござるよ。お忘れかな?」
「や、これはあの時のご僧!?[#「!?」は1マスに横並び、第3水準1−8−77、128下−20]」
「いかがでござるな、ご気嫌は?」僧はニヤリと笑い乍ら「どうやらお変りも無いようじゃの?」
「爾来、平穏無事でござる」
「それは何より結構じゃ。……どうじゃな、拙宅へ参られては?」
「ご庵室は何処にござりますな?」
「此洞穴の根方にござるよ。どうじゃな直ぐに参られては?」
「珍らしい事でもござりますかな?」
「其方の妻子にお引合せ致そう」
「え?」と純八は思わず叫び、一足僧の方へ近寄ったが、「ナニ、笹千代と吉丸とが、尚生きて居ると仰せられますか?」
「其方を待ち兼ねて居られるのじゃ」
「ご案内下されい! 妻子の許まで!」
 純八は斯う云うと身を躍らせて、洞穴の中へ飛び込んだ
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