「いえいえ、そんな事はございません」
「では何故善根を積まぬのじゃ?」
「え、善根と仰有いますと?」
「殺生などをしない事じゃ」
「決して殺生などは致しませぬ」
「お前は蛇を殺すじゃないか」
「あれは悪虫でございます故……」
「ふん」と僧は嘲笑った。「それが大変な間違いじゃ。蛇は決して悪虫では無い。……ましてお前の身の上に執っては大変為になる虫なのじゃ!」
僧は暫く考えていたが、
「お前の好運は尽きたのじゃぞ!」
と不意に鋭く叱※[#「口+它」(咤の俗字)、よみは「た」、第3水準1−14−88、127−上9]した。
「栄枯盛衰の移り変りの如何に劇《はげ》しく恐ろしいかという事を、汝其処に居て見るがよいわ!」
僧がポンポンと手を拍った。
と其刹那高楼の四方から焔々たる大火燃え上ったが、忽ち館は烏有に帰した。
「異譚深山桜」には、其時の事を次のように、哀れ深く書いてある。
「(前略)妖火静まつて後を見れば、寂寥《せきりよう》として一物無く、家屋広園悉く潰え、白骨塁々雑草離々人語鳥声聞ゆるもの無し。而て白骨は彼の家人、即ち妾婢幼児なりき。
彼唖然として心茫々、回顧すれば老僧の姿、又
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