りません、その男の左の眼から銀の線のようなものが、星の光にキラキラ光って、突き出されているのが見えたことです。小柄かそれとも銀脚の簪《かんざし》か? いまだにわたしには疑がわしいのですが。
「出せ船を!」
「出さねば汝《おのれ》ら!」
「同じ運命だぞ、命がないぞ!」
 見れば吉之助様と俊斎様と、そうして北条右門様とが、抜き身を差しつけ船夫たちを取り巻き、そう叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]しておられました。
 グ――ッと船は中流へ出ました。

 茅渟海《ちぬのうみ》の真ん中へ出ました時、ご上人様は一首の和歌をしたため、吉之助様へお目にかけました。
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難波江《なにはえ》のあしのさはりは繁くともなほ世のために身をつくしてむ
[#ここで字下げ終わり]
 こういう和歌でございます。上《かみ》は御大老井伊直弼様の圧迫、下《しも》は捕吏だの船夫《かこ》などの迫害、ほんとにご上人様のご一生は、さわりだらけでございました。
 さてわたしたちを乗せた小倉船は、八昼夜を海上についやしまして、事《こと》なく下関《しものせき》へ着きましたので、とりあえず薩摩の定宿の、三浦屋と
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