いうのへ投じました。十月一日の午後のことでございます。その翌日でありましたが、「藩の事情を探らねばならぬ」と、このように吉之助様は仰せられ、薩摩へ向かってご発足なされました。それから幾日か経ちました時に、俊斎様はご上人様を連れられ、竹崎の地へおいでになり、同志の白石正一郎様のお家《うち》に、しばらくご滞在なさいましたが、さらに博多に移りまして、藤井良節様という勤王家のお屋敷へ、お隠匿《かくま》いなさいましてございます。そうしてご自身におかれましては、吉之助様のご返辞の遅いのを案じて、薩摩へ帰って行かれました。
どうでしょうこの頃になりますると、ご上人様追捕の幕府の手が、いよいよ厳しくなりまして、行くところに捕吏らしい者の姿が、充ち充ちておるというありさまであり、その人相書も各地に廻されていて、これを捕えて申し出る者には、恩賞は望みに任すとまでの布令《ふれ》が、発布されておるというありさまなのでございます。それでご上人様におかれましては、博多の地に滞在しておられましても、福岡ご城下の高橋屋正助という、侠商の別荘にひそんだり、斗丈翁《とじょうおう》という有名な俳人の、五|反麻《たんま》と
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