ょう、チラッと俊斎様へ眼くばせをされ、素早く刀の柄へ手をやられましたが、その時岸の上に女の姿があらわれ、
「船頭さん模様変えだよ、その人たちには用はないのさ。早く船を出しておあげ」
 と、綺麗な声で云うのが聞こえて来ました。申すまでもなく例の女なのです。ところがどうでしょうそう云われましても、
「姐《あね》ごのせっかくのお言葉ですが、あっしたちゃア姐ごに頼まれたんではなく……」
「藤兵衛の親分さんにご依頼受けたんですからねえ……」
「現在坊主が……」
 と口々に云って、船夫《かこ》たちは諾《き》こうとはしないのです。
「お黙り!」と女は癇にさわったような声で、「このお綱がいいと云ってるのだよ、そうさいいから船をお出しって……」
「しかし姐ご、現在坊主が……」
「餓鬼め!」
 とたんに女の片手が、髪の辺へ上がりました。
「ギャーッ」
 まるで獣《けだもの》の悲鳴でした。
 最初から頑強に反対していた船夫の、三十五、六の肥り肉《じし》の奴が、そう悲鳴して顔を抑えましたが、体を海老《えび》のように曲げたかと思うと、船縁《ふなべり》を越して水の中へ真っ逆様に落ち込みました。わたしの見誤りではあ
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