ドップリ胴へ入るだろう! と、完全の胴輪切り!
 その序の業が行なわれた。
 釣られた釣られた主水は釣られた! あッ、踏み出して切り込んだ。
 一閃!
 返った!
 陣十郎の刀が、軽く宙で車に返った!
 ハ――ッと主水! きわどく反わせたが……
 駄目だ!
 見よ!
 次の瞬間!
 さながら怒濤の寄せるが如く、刀を返しての大下手切りだ――ッ!
「ワッ」
 悲鳴!
 血煙!
 血煙!
 いやその間に、一髪の間に――大下手切りの行なわれる、前一髪の際どい間に……
[#ここから3字下げ]
※[#歌記号、1−3−28]秩父の郡《こおり》、小川村、
逸見《へんみ》様庭の桧の根
[#ここで字下げ終わり]
 そういう女の歌声が、手近かの所から聞こえてきた。
「あッ」と陣十郎は刀を引き、タジタジ[#「タジタジ」は底本では「タヂタヂ」]と数歩背後へ下った。


 無心に歌をうたいながら、源女は大薮の中にいた。
 いつも時々起こる発作が、昨夜源女の身に起こった。そこでほとんど夢遊病患者のように、赤尾村の林蔵の家を脱け出し、どこをどう歩いたか自分でも知らず、この辺りまで彷徨《さまよ》って来、この大薮で一夜
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