感付かぬ主水、
「またも逃げるか、未練の陣十郎! 遁さぬ、返せ、父の敵!」
叫んで追い、追いつつ振り返り、
「妹ヨーッ、ここじゃ、兄はここじゃ! ……待て陣十郎、逃げるとは卑怯……妹ヨーッ」と十間二十間! 既に二町を街道から離れた。
行手に巨大な薮があり、丘の如くに盛り上っていたが、その裾を巡って走って行く、陣十郎の後を追い、これも薮を向こうへ廻り、振り返っても街道は見えず、妹の姿も見えなくなった時、
「主水」と叫んで陣十郎が、自身《おのれ》と後へ引っ返して来、
「フ、フ、フ、不愍の痴者《しれもの》、ここまで誘き寄せられたか。……誘き寄せようため逃げた拙者、感付かぬとは扨々《さてさて》笑止、が、そこがこっちの付目、人目あっては嬲殺しは出来ぬ、今は二人だ、二人ばかりだ、逃がそうとて拙者は逃げぬ、逃げようとて汝《おのれ》逃がさぬ、薮を盾に人目を遮り、久しく血を吸わぬこの業物《わざもの》に、汝の血を吸わせてやる。……ゆるゆると殺す、次々に切る。……まず最初に右の手、つづいて左の手を切り落とす。つづいて足じゃ、最後に首じゃ! ……前代未聞の返り討ちに、汝逢ったと閻魔の庁で、威張って宣《なの
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