折柄三番鶏の啼声がし、夜がそろそろ明けかけた。
(よし)と林蔵は立ち上り、身仕度をすると階下に下りた。
 寝ずの番の若衆が土間にいたが。
「これは親分、もうお帰りで」
「うん、わしは、これから帰るが、連れの二人はまだ寝ている、起こさずにそのままにして置いてくれ」
「へい、よろしゅうございます」
 潜戸から林蔵は外へ出た。
 暁の霧が立っていて、宿の家々は薄れてい、往来を歩く人影も少なく、家々の戸はとざされていた。林蔵は朝風に鬢を吹かせ、寝臭くなっている躰の汗を一度に肌から引き込ませ、足早に往来を歩いて行った。宿を出ると街道で、野良が四方に展《ひら》けてい、林や森や耕地があった。左へ行けば赤尾村、右へ行けば高萩村、双方へ行ける分岐点、そこに六地蔵が立っていて、木立がこんもり茂っていた。そこまで行くと立ち止まり、林蔵はしばらく考えたが、やがて木立の陰へ隠れた。
 次第に時が経って行く。
 やがて空が水色に色づき、それが次第に紅味《あかみ》ざし、小鳥が八方で啼き出した。
 と、その時上尾宿の方から、七人の人影が現われて、街道をこっちへ歩いて来た。
 高萩の猪之松の一行であった。
 三十
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