高萩の親分の来ているのを、馬大尽だと嘘を云われても、真に受けてこんな俺らの所へなんか、穏しくおいでなさるんだからなあ」


 答える内儀《おかみ》の声が聞こえた。
「お山という女の性悪には、妾《わたし》も驚いてしまいました。馬を牛に乗り換えるもいいが、日頃お二人さんの張合っているのを、百も二百も承知の上で、林蔵親分を袖にして、猪之松親分へ血道をあげ、狎《な》れつくとは性悪の骨張だよ」
 林蔵は内緒の前を離れ、用を達すと裏梯子から、自分の部屋へ返って来た。
 お山へ義理を立てるために、女を寝かしてはいなかった。
 布団の上に胡座《あぐら》を組み、黙然として考え込んだ。
(お山はどうせ宿場女郎、売物買物で仕方ねえが、高萩の猪之松は顔役だ。四百五百の乾児共から、立てられている男じゃアねえか。俺とお山との関係を、知らねえこともねえはずだ。それでいて俺の女を取る。まあまあそれも仕方ねえとして、井上大尽だと偽って、俺の遊びの邪魔をするとは、男の風上にも置けねえ奴。……そうでなくてさえ俺と彼奴《きゃつ》とは、早晩腕づくで争わなけりゃアならねえ。そういう立場に立っている。ヨーシそれではこの機会に……
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