思われる」
 こう云って澄江を動かさなかった。
 夕食の膳の引かれた頃、番頭が挨拶に顔を出した。
「ちと物をたずねたいが」主水は早速話しかけた。
「へい、何でございますか」
「馬大尽とは何者かな?」
「馬大尽でございますか」
「馬大尽じゃと囃されて行った様だが、彼は一体何者かな?」
「木曽の大金持でございます」
「木曽の金持? 信州木曽のか?」
「へい左様でございます。信州木曽谷福島宿の奥所、西野郷に住居いたします。馬持大尽様にございます」
「馬持大尽? ははあ馬持の?」
「五百頭どころか一千頭にも及ぶ、たくさんの木曽駒《きそごま》をお持ちになって居られる、大金持の旦那様なので……お駕籠に乗って居られましたのが、その旦那様なのでございます」
「馬持の大尽様だから馬大尽?」
「へい、さようでございます」
「訳を聞いてみると不思議ではないな」
「へい、さようでございますとも」
「博徒風の男が五人ばかり、駕籠に附き添って行ったようだが……」
「高萩村の猪之松親分から、迎え出ました乾分《こぶん》衆で」
「高萩の猪之松? 博徒の頭か?」
「へい左様でございます。……赤尾村の林蔵親分か、高萩村の猪
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