がいる。何方《どこ》へ走ろうかと躊躇したらしい。
 そこへ追いついた若い武士は、
「父上の敵《かたき》、くたばれ悪漢!」
 声諸共切り込んだ。
「切れ――ッ」と差し出したのは娘の躰《からだ》!
「あッ」とばかりあやうくも、白刃を三寸の宙で止め。
「人楯とは汝《おのれ》卑怯者!」
「お兄様お兄様|妾《わたし》もろとも、陣十郎を切ってお父様の敵を!」
 叫ぶ娘の澄江《すみえ》をグッと、再び抱え込んだ陣十郎は、二人の武士に向い威嚇的に、白刃を振り廻し叱咤した。
「退け! 邪魔するな! 致さば切るぞ」
 駆け抜けようとするその前へ、両手を拡げて要介は立った。


「眼《まなこ》眩《くら》んだか水品陣十郎! 拙者が見えぬか秋山要介だ!」
「なに秋山?」とタジタジ[#「タジタジ」は底本では「タヂタヂ」]としたが、
「いかにも秋山! ウ――ム南無三!」
「事情は知らぬが日頃の悪業、邪は汝《おのれ》にあるは必定! ここは通さぬ、組み止めるぞ! ……」
 途端に背後の若い武士が叫んだ。
「我々兄妹はこの家の者、榊原家の家臣でござって、拙者は鴫澤主水《しぎさわもんど》と申し、妹儀は澄江と申す。それなる男
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