当夜の更けた頃であった。
「あまり早く出かけて行って、その屋敷のあたりをまいまい[#「まいまい」に傍点]し、陣十郎に目付けられでもしたら、面白くないことになる、おそい方がよろしゅうござる」と、要介はそう云ってかえってよろこんだ。
家にいる時も外へ出てからも、どういう因縁から源女のお組などと、先生にはお懇意《ちかづき》[#ルビの「ちかづき」は底本では「ちかずき」]になりましたか? お組のうたった不思議な歌の意味、あれはどうなのでござります? 何が故に水品陣十郎は、先生やお組を狙うのですかと、浪之助はいろいろ要介に対して、訊きたいことがあったけれど、一つは昨夜陣十郎によって、そういうことに触れてはならぬと、威嚇されたのが身に泌みてい、一つは要介その人も、そういうことに触れられることを、好んでいないように思われたので、つい浪之助は訊きそびれてしまった。
こうして本郷の榊原様の、お屋敷地辺りまでやって来た。
屋敷町は更けるに早く、ほとんど人の通りなどなく、家々の門は差し固められ、甍《いらか》が今夜も明かな月夜、その月光に照らされて、水に濡れたように見えるばかりであった。
「先生、このお屋
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