米とはそりゃ情ない、美濃や尾張の涙米
[#ここで字下げ終わり]
 などと唄う馬子唄の声が、ノンビリとして聞こえてきた。
 しかしお妻にはそういう光景も、珍らしくもなければ美しくもなかった。でただ夢中で歩いていた。

 陣十郎が同じような心境の下に、旅籠を出て野の方へやって来たのは、ちょうどこの頃のことであった。
 主水のことを思っている澄江! それを口へ出して云った澄江! そういう澄江を夕方見た。汝々どうしてくれよう! すんでにその時陣十郎は、澄江を一刀に切ろうとした。
 が、それは辛うじて抑えた。
 さて夜になって二人は寝た。
 部屋の片隅に澄江が寝、別の片隅に陣十郎が寝。――これまでやって来たように、その夜もそうやって二人は寝た。
 が、陣十郎は眠られなかった。
 怒り、失望、嫉妬の感情が、心を亢《たか》ぶらせ頭を燃やし、安眠させようとしないのである。
 見れば澄江も眠られないと見えて、そうして恐怖に襲われていると見えて、こっちへ細い頸足《うなじ》を見せ深々と夜具にくるまったまま、溜息を吐いたり顫えたりして、夜具の中で蠢いていた。
(一思いに……)
 この考えが又浮かんだが、あさま
前へ 次へ
全343ページ中212ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング