ことが、絶える暇なく主水のことを、心の奥深く思い詰めている澄江の、烈しい恋心を刺激したことは、争われない事実であって、なおうっとり[#「うっとり」に傍点]と佇んで、いつまでもいつまでも見送った。
しかしその武士とその女との組は、旅人の群にまぎれ込み、やがて、間もなく見えなくなった。
婢女《こおんな》の持って来た茶を飲みながら、旅日記をつけていた陣十郎が、この時澄江へ声をかけた。
「澄江殿、茶をめしあがれ」
「はい」と云ったがぼんやりしていた。
「宿場の人通り、珍らしゅうござるか」
「はい」と云ったがぼんやりしていた。
「どうなされた? 元気がござらぬな」
「…………」
「やはりお疲労《つかれ》なされたからであろう」
「…………」
「返辞もなさらぬ。アッハハ。……それゆえ拙者馬か駕籠かに、お乗りなされと申したのじゃ」
「…………」
「按摩なりと呼びましょうかな」
「いいえ。……それにしても……主水様は……」
思わず言葉に出してしまった。
「何! 主水!」と陣十郎は、それまでは優しくいたわるように、穏やかな顔と言葉とで、機嫌よく澄江に話しかけていたが、俄然血の気を頬に漂わせ、敵の体臭
前へ
次へ
全343ページ中200ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング