板を背にして、端座している浪之助から見ると、人形のように小さく見えた。
 おおよそ六尺の間隔を保ち、互いに切先を相手の眉間へ、ピタリと差し付けて構えたまま、容易に動こうとはしなかった。
 道具を着けず木刀にての試合に、まさに真剣の立合いと、何の異なるところもなく、赤樫蛤刃《あかがしはまぐりは》の木刀は、そのまま真《まこと》の剣であり、名人の打った一打ちが、急所へ入らば致命傷、命を落とすか不具《ふぐ》になるか、二者一つに定《き》まっていた。
 とはいえ互いに怨みあっての、遺恨の試合というのではなく、互いの門弟を引っ立てようための義理と人情とにからまった、名人と名人との試合であった。自然態度に品位があり、無理に勝とうの邪心がなく、闘志の中に礼譲を持った、すがすがしい理想的の試合であった。
 今の時間にして二十分、構えたままで動かなかった。
 掛声一つかけようとしない。
 掛声にも三通りある。
 追い込んだ場合に掛ける声。相手が撃って出ようとする、その機を挫《くじ》いて掛ける声、一打ち打って勝利を得、しかも相手がその後に出でて、撃って来ようとする機を制し、打たせぬために掛ける声。
 この三通
前へ 次へ
全343ページ中143ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング