刀合わせたばかりで、おおよそ二間を距てた距離で、相正眼に脇差をつけ、睨み合っているばかりであった。
猪之松には乾兒や水品陣十郎の間に、何か事件が起こったらしく、耕地で右往左往したり、逃げる奴倒れる奴、そういう行動が感ぜられたが、訊ねることも見ることもできず、あつかう[#「あつかう」に傍点]こともできなかった。傍目一つしようものなら、その間に林蔵に切り込まれるからであった。
林蔵といえどもそうであった、乾兒の藤作の声がしたり、杉浪之助の声がして、何か騒動を起こしているようであったが、どうすることも出来なかった。相手の猪之松の剣の技、己と伯仲の間にあり寸分の油断さえ出来ないからであった。
が、そういう周囲の騒ぎも、今は全く静まっていた。数間を離れて百姓や旅人、そういう人々の見物の群が、円陣を作って見守っているばかりで、気味悪いばかりに寂静《ひっそり》としていた。
二本の刀が山形をなし、朝の黄味深い日の光の中で、微動しながら浮いている。
二人ながら感じていた。――
(ただ目茶々々に刀を振り廻して、相手を切って斃せばよいという、そういう果し合いは演ぜられない。男と男だ、人も見ている。
前へ
次へ
全343ページ中108ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング