で、こいつ大変と杉さんがね、高萩村の方へ追って行ったんで。――が、まあ可《い》いやそんな事ア。よくねえなア親分の身の上だ、まごまごしていると猪之松の野郎に……あッどうしたんだ見物の奴らア……」
いかさま街道や耕地に屯し、果し合いを見ていた百姓や旅人が、この時にわかに動揺したのが、要介の眼にもよく見えた。が、すぐに動揺は止んで、また人達は静かになった。緊張し固くなって見ているらしい。
突嗟に要介は思案を定めた。
(ここら辺りに源女がいるなら、薮の中にでもいるのであろう。正気でないと云ったところで、直ぐに死ぬような気遣いはない。……林蔵と猪之松との果し合い、これは一刻を争わなければならない。よしそっちへ行くことにしよう。……が、しかし念のために……)
そこで要介はまたも大音に、薮に向かって声をかけた。
「源女殿、要介お迎えに参った。どこへもおいでなさるなよ! ……」
14[#「14」は縦中横]
街道では林蔵と猪之松とが、遠巻きに見物の群を置き、どちらも負けられない侠客《おとこ》と侠客との試合それも真剣の果し合いの、白刃を互いに構えていた。
かなり時間は経過していたが、わずか二太
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