澄江は地獄の亡者に逢った! ――とそんなような思いに等しい、恐怖と不気味とを感じながらも、この境地には自分一人だけしか、居ないものと今まで思っていたのに、他にも人のいることを知り、この点何と云っても心嬉しく、急いでそっちへ小走って行った。
「どういうお方々かは存じませぬが、妾は井上嘉門という……」
「解っているよ解っているよ」と、その中の一人の老人が――片眼つぶれている老人が、澄江にみんな話させようともせず、
「俺らもそうなんだ。恐ろしい主人に、井上嘉門殿に、いやいやいや、殿じゃアねえ、鬼だ魔物だ、その魔物の嘉門めに、この生地獄へ放り込まれた、生き返る望みのねえ亡者なのさ。お前さんだってそうだろうとも、嘉門めにここへ落とされたんだろうとも。……見りゃア奇麗な娘っ子だ、どうしてここへ落とされたか、その理由《わけ》も大概わかる。……嘉門の云うことを聞かなかったんだろうよ。……以前《まえ》にもそんな女があった。……源女とかいう女だった。……」
「お爺さん」と澄江は云って、縋るような気持で訊ねて見た。
「ここはどこなのでございます? どういう所なのでございます?」
「処刑場《おしおきば》だ、人捨場だ! 嘉門の云い付けに背いた者や、廃人になって役に立たなくなった者を、生きながら葬る墓場でもある」
「恐ろしい所なのでございますねえ」
「一緒においで、従《つ》いておいで、ここがどんなに恐ろしい所だかを、例をあげて知らせてあげよう」
 片眼の老人は歩き出した。
 と、その余の亡者餓鬼――亡者餓鬼のような人間たちも、だるそう[#「だるそう」に傍点]に、仆れそうに、あえぎあえぎ、その後から従いて来た。
 蒼澄んで見える月光の中に、そういう人達が歩いて行く姿は、全く地獄変相図であった。
 と、一本の木の下に来た。
 一人の若者がブラ下っていた。


 首をくくって死んでいるのであった。
 片眼の老人は説明した。
「二十日ほど前に来たお客さんなのさ。嘉門の可愛がっているお小間使いと、ちちくり合ったのが逆鱗に[#「逆鱗に」は底本では「逆燐に」]ふれて、ここへぶちこまれた若造なのだ。女が恋しいの逃げ出したいのと、狂人のように騒いでいたが、とうてい逃げられないと見当をつけると、野郎にわかにおとなしくなってしまった。と、今朝がた首を釣ってしまった。……首を釣る奴、川へ沈む奴、五日に一人十日に一人、ちっとも不思議なく出来るってわけさ。……だから底無しの川の中には、幾百人とない男や女が、沈んでいるというわけだ。……そこを見な、その岩の裾を! 白骨が積んであるじゃアねえか。首を釣った奴や舌を噛んで死んだそういう奴らの骨の束だ」
 見ればなるほど向こうに見えている、大岩の裾に月光に照らされ、ほの白い物の堆積があった。
「お爺さん」と澄江は震えながら云った。
「何を食べて生きているのです?」
「馬の肉だ、死んだ馬の。……時々そいつを投げてくれるのだ。谷の下口から上の番人が」
「死んだ馬の肉を? ……それが食物?」
「米もなけりゃア麦もねえ。野菜もなけりゃア香の物もねえ。……水といえばドロンと濁った、泥のようなその川の水だ。……だから長く生きられねえ。一月か二月で死んでしまう。……もっとも中にゃアそいつに慣れて、三年五年と生きてる奴がある。……俺なんかはその一人だよ。……」
「皆様どこにいるのです? どこに住んでいるのです?」
「岩窟《いわむろ》の中だ岩窟のな。……向こうにある、行ってみよう」
 その老人が先に立ち、澄江たちは先へ進んだ。
 人間の骨や馬の骨や――それらしいものが木の根や岩の裾に、灰白く散乱しているのが見えた。
 と、行手に月光に照らされ、丘のような物形が見えた。
 やはりそれは丘であった。
 岩と土と苔と權木、そんなもので出来ている小丘であって、人間の身長《たけ》の二倍ほどの間口と、長い奥行とを持っていた。
 そこの前まで辿りついた時、丘の正面の入口から――つまりその丘が岩窟なのであり、正面に入口が出来ているのであったが、その入口から骸骨の群が――骸骨のような痩せた男や女、老人や老婆、男の子や女の子が、ムクムクと泡のように現われ出た。
 そうして口々に喚き出した。
「また客が来た」
「俺らの仲間か」
「何か食物を持って来たかしら?」
「着物を剥げ! ひっぺがしてしまえ!」
「若い女だ」
「奇麗な女だ」
「すぐ汚くなるだろう」
「ナーニ半月は経たねえうちに首をくくってくたばるだろう」
 すると片眼の老人が、叱るように大声をあげた。
「うるせえ、野郎共、しずかにしろ! ……今度のお客さんはこれ迄のとは、どうやら少オし違うようだ。身体へさわっちゃア不可《いけ》ねえぞ!」


 片眼の老人は権威者と見える。彼らの仲間の権威者と見える。そう一言云っただけで
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