ら呼んだ。
 五十あまりの、品のよい婦《おんな》が、古塚のような小丘の裾に佇んでいたが、すぐに寄って来た。それへ娘は何やら囁いた。
「はい、お嬢様、かしこまりましてございます」乳母はそう云ったかと思うと、雑木林を巡って歩いて行った。
 娘は、しばらくそれを見送っていたが、やがて屈《かが》むと、地に置いてあった線香の束を取り上げ、「どれ、それでは妾は、ちょっと道了様へ。……」と云い、古塚のような、小丘の方へ歩いて行った。
(あれが道了様なのか)と、頼母は、それでもようやく起き上がった体を、小丘の方へ向け、つくづくと眺めた。それは、高さ二間、周囲《まわり》十間ぐらいの大岩で出来ている塚であったが、その面に、苔だの枯れ草だの枯れ葉だのがまとい付いている上に、土壌《つち》が蔽うているので、早速には、岩とは見えなかった。塚の頂きに立っている碑《いしぶみ》には、南無妙法蓮華経と、髭《ひげ》題目が刻まれていた。碑は、歳月と風雨とに損われて、諸所《ところどころ》欠けている高さ六尺ぐらいの物で、色は黝《くろ》かったが、陽に照らされ、薄光って見えた。その碑の面を、縒《よ》れたり縺《もつ》れたりしながら、蒼
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