白い、漠とした物が立ち昇って行った。娘が供えた線香の煙りであった。煙りの裾、碑の前に、つつましく屈み、合掌しているのが娘で、その姿が、数本の小松に遮《さえぎ》られていたので、かえって趣《おもむ》き深く眺められた。
「絵だ」と、頼母は、娘の赤味の勝った帯などへ眼をやりながら、呟いた。
古屋敷の古浪人
乳母《ばあや》が雇って来た駕籠に乗り、頼母が、娘の家へ行ったのは、それから間もなくのことで、娘の家は、府中から一里ほど離れたところにあった。鋲打ちの門や土塀などに囲まれた、それは広大《ひろ》い屋敷であったが、いかにも古く、住人も少ないかして、森閑としていた。頼母は、古びた衝《つい》立ての置いてある玄関から、奥へ通された。
さて、この日が暮れ、夜が更けた時、屋敷の一間から、話し声が聞こえて来た。
畳も古く、襖も古く、広いが取り柄の客間に、一基の燭台が置いてあったが、その灯の下で、四人の武士が、酒を飲み飲み、雑談しているのであった。
「我輩は、ここへ逗留して三日になるが、主人《あるじ》薪左衛門殿の姿を見たことがない。気がかりともいえれば不都合ともいえるな」と云ったのは、頬に刀傷
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