だというのに、五十そこそこにしか見えず、髪など、小鬢へ、少し霜を雑《ま》じえているばかりであった。段鼻の、鷲のような眼の、赧ら顔は、いかにも精力的で、それに、頤《あご》などは、二重にくくれているほど肥えているので、全体がふくよか[#「ふくよか」に傍点]であり、武士あがりというだけに、品があり、まさに親分らしい貫禄を備えていた。甲州|紬茶微塵《つむぎちゃみじん》の衣裳に、紺献上の帯を結んでいるのも、よく似合って見えた。その横に女が坐っていた。以前から五郎蔵が、自分のもの[#「もの」に傍点]にしようと苦心し、それを、柳に風と受け流し、今に五郎蔵の自由にならないところから、博徒仲間《このしゃかい》で、噂の種になっている、お浦という女であった。二業――つまり、料理屋と旅籠《はたご》屋とを兼ねた、武蔵屋というのへ、一、二年前から、流れ寄って来ている、いわゆる茶屋女なのである。年は二十七、八でもあろうか、手入れの届いた、白い、鞣《なめ》し革のような皮膚は、男の情緒《こころ》を悩ますに足り、受け口めいた唇は、女形《おやま》のように濃情《のうじょう》であった。結城の小袖に、小紋|縮緬《ちりめん》の下着
前へ 次へ
全196ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング