を着せたといったら、その姿を、形容することが出来るだろう。左右の手が、二本の棒を持ち、胸と顔との間を、上下に伸縮《のびちぢみ》し、そのつど老人の上半身が、反《そ》ったり屈《かが》んだりした。二本の棒を櫂《かい》にして、地上を、海のように漕いで、躄《いざ》り車を、進ませてくるのであった。長方形の箱の左右に附いている、四つの車は、鈍《のろ》く、月光の波を分け、キリキリという音を立てて、廻っていた。と、車は急に止まり、老人の眼が、頼母へ据えられた。
「おお来たか!」
 咽喉《のど》で押し殺したような声であった。極度の怒りと、恐怖《おそれ》とで、嗄《しわが》れ顫《ふる》えている声でもあった。そう叫んだ老人は、棒を手から放すと、片手を肩の上へ上げ、肩の上へ、背後《うしろ》からはみ出していた刀の柄へかけた。刀を背負《しょ》っていたのである。それが引き抜かれた時、月光が、一時に刀身へ吸い寄せられたかのように、どぎつく[#「どぎつく」に傍点]光った。刀は青眼に構えられた。
「来たか、来栖勘兵衛! 来るだろうと思っていた! が、この有賀又兵衛、躄者《いざり》にこそなったれ、やみやみとまだ汝《おのれ》には
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