るように降り注いでいる月光に照らされ、寝ている様子は、無類の美貌と相俟《あいま》って、艶《なまめ》かしくさえ見えた。
 と、例の、キリキリという音が、植え込みの方から聞こえて来た。頼母は飛び起きて、音の来る方を睨んだ。昨夜は、雑木林の中から、剣鬼のような男が現われて来たが、今夜は、植え込みの中から、何が現われて来るのだろう? 頼母は、もう刀の柄を握りしめた。おお何んたる奇怪な物象《もののかたち》が現われて来たことであろう! 躄《いざ》り車が、耳の下まで白髪を垂らした老人を乗せ――老人が自分で漕《こ》いで、忽然と、植え込みの前へ、出て来たではないか! やがて、植え込みの陰影《かげ》から脱け、躄り車は、月光の中へ進み出た。月光《ひかり》の中へ出て、いよいよ白く見える老人の白髪は、そこへ雪が積もっているかのようであり、洋犬のように長い顔も、白く紙のようであった。顔の一所《ひとところ》に黒い斑点《しみ》が出来ていた。窪んだ眼窩であった。その奥で、炭火《おき》のように輝いているのは、熱を持った眼であった。老人の体は、これ以上痩せられないというように、痩せていた。枯れ木で人の形を作り、その上へ衣裳
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