討たれぬぞ! それに俺の周囲《まわり》には、いつも警護の者が附いている。今夜もこの屋敷には、六人の腕利きが宿直《とのい》している筈だ。勘兵衛、これ、汝に逢ったら、云おう云おうと思っていたのだが、野中の道了での斬り合い、俺は今に怨みに思っておるぞ! 事実を誣《し》い、俺に濡れ衣《ぎぬ》を着せたあげく、俺の股へ斬り付け、躄者になる原因を作ったな。おのれ勘兵衛、もう一度野中の道了で立ち合い、雌雄を決しようと、長い長い間、機会の来るのを待っていたのだ! さあここに野中の道了がある、立ち合おう、刀を抜け!」それから屋敷の方を振り返ったが、「栞《しおり》よ、栞よ、勘兵衛が来たぞよ、用心おし、栞よ!」
と悲痛に叫んだ。
老人はそう叫びながら、やがて、片手で棒を握り、それで漕いで、躄者車《くるま》を前へ進め、片手で刀を頭上に振りかぶり、頼母の方へ寄せて来た。頼母は、唖然《あぜん》とした。しかし、唖然とした中にも、自分が人違いされているということは解った。それで、刀の柄へ手をかけたまま、背後《うしろ》へジリジリと下がり、
「ご老人、人違いでござる。拙者は来栖勘兵衛などという者ではござらぬ。拙者は、伊
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