去年の春のことであったが、忠右衛門と左衛門とは、備中守殿によって、観桜の宴に招かれた。その席で二人の者は、国学の話については、遠慮し、大事を取り、云い争わなかったが、刀剣の話になった時、とうとう云い争いをはじめてしまった。忠右衛門が、天国《あまくに》という古代の刀工などは、事実は存在しなかったもので、したがって鍛えた刀などはないと云ったのに対し、左衛門は、いや天国は決して伝説中の人物ではなく、実在した人物であり、その鍛えた刀も残っておる、平家の重宝|小烏丸《こがらすまる》などはそれであり、我が家にもかつて一振り保存したことがあったと主張し、激論の果て、左衛門は「水掛け論は無用、この上は貴殿と拙者、この場において試合をし、勝った方の説を、正論と致そう」と、その精悍の気象から暴論を持ち掛けた。忠右衛門は迷惑とは思ったが、引くに引かれず承知をし、試合をしたところ、剣技《うで》は左衛門の方が上ではあったが、長年肺を患《わずら》っていて、寒気を厭《いと》い、紙帳の中で生活しているという身の上で、体力において忠右衛門の敵でなく、忠右衛門のために打ち挫《ひし》がれ、自分から仕掛けた試合に負け、これを
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