帳の中の燈火《ともしび》が消え、紙帳は、経帷子《きょうかたびら》のような色となり、蜘蛛の姿も――内側から描かれていたものと見え、燈火が消えると共に消えてしまった。そうして、突かれた紙帳は、穏《おとな》しく内側へ萎み、裾が、ワングリと開き、鉄漿《おはぐろ》をつけた妖怪の口のような形となり、細い白い手が出た。
「!」
 悲鳴と共に、山口という武士はのけぞり[#「のけぞり」に傍点]、片足を宙へ上げ、それで紙帳を蹴った。しかし、すぐに、武士は、足から先に、紙帳の中へ引き込まれ、忽ち、断末魔の声が起こり、バーッと、血飛沫《ちしぶき》が、紙帳へかかる音がしたが、やがて、森然《しん》と静まってしまった。角右衛門は、持っていた燭台を抛り出すと、真っ先に逃げ出し、つづいて、紋太郎が逃げ出した。
 しかし片岡という武士は、さすがに、同宿の誼《よし》みある浪人の悲運を、見殺しに出来ないと思ったか、夢中のように、紙帳へ斬り付けた。とたんに、紙帳の裾が翻《ひるがえ》り、内部《うち》から掬《すく》うように斬り上げた刀が、廊下にころがったままで燃えている、燭台の燈に一瞬間輝いた。
「わ、わ、わーッ」と、苦痛の声が、
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