人の者が、廊下に立って、夜景色を見ておる。長閑《のどか》の風景だったぞ。そこでわし[#「わし」に傍点]の心が変った。貴殿方と話す代りに、貴殿方の腰の物を拝見しようとな。悪気からではない。わし[#「わし」に傍点]の趣味《このみ》からじゃ。そこでわし[#「わし」に傍点]は貴殿方の腰の物をひとまとめにして持って参り、今までかかって鑑定いたした。さあ見てくれといわぬばかりに投げ出してあった刀、四本のうち一本ぐらい、筋の通った銘刀《もの》があるかと思ったところ、なかったぞ。フ、フ、フッ、揃いも揃って、関の数打ち物ばかりであったよ」

    蜘蛛の犠牲《にえ》

「チェッ」と舌打ちをしたのは、短気らしい山口という武士で、やにわに刀を抜くと、「他人《ひと》の腰の物を無断で見るさえあるに、悪口するとは何事じゃ。出て来い! 斬ってくれる!」
「斬られに行く酔狂者はない。出て行かぬよ。用があらば、そっちから紙帳の中へはいって参れ。ただし、断わっておくが、紙帳の中へはいったが最後、男なら命を女なら……」
「黙れ!」と、山口という武士は、紙帳に映っている影を目掛け、諸手《もろて》突きに突いた。
 瞬間に、紙
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