右足とであった。そう、そういう姿勢で、ノビノビと立っている左門の体であった。
(何んという構えだ! おお何んという構えだ!)
頼母は、怯《おび》えた心でこう思った。(あれが反対《ぎゃく》なら、脇構えなのだが)
そう、刀を自分の右脇に取り、切っ先を背後にし、斜め下にし、刀身を相手に見えないようにし、左足を一歩踏み出したならば、五法の構えの一つ、脇構えになるのであるが、左門の構えは、反対なのであった。
(では反対の脇構え――「逆ノ脇」なのであろうか?)
それにしても、あの構えは、どう変化することであろう? こっちが、彼奴《きゃつ》の真っ向へ斬り込んだならば、それより先に、彼奴は、背後に隠している刀で、こっちの胴を払うかもしれない。こっちから相手の胴へ斬り込んだならば? それより先に、相手は、こっちの頸へ、刀を飛ばせるかもしれない。突いて出たならば? 払い上げて、胸を突くだろう! どう変化するか解らない隠された刀の恐ろしさ!
紙帳を巡って
左門に逢ったなら「我の一を以《も》って敵の二に応じ」よう。すなわち、攻撃的に出て、機先を制しようなどと考えていた頼母は、相手の構えを見ただけで、萎縮してしまった。しかし、心中の怒りは、その反対に昂《たか》まった。恋人などではないお浦が、どう左門に扱われようと、意に介するところではなかったが、しかし、左門が、お浦をこの身の恋人と解し、その恋人を……そうしてこの身を嘲笑していることが、怒りに堪えなかった。天国を左門に取られたことも、欝忿《うっぷん》であった。自分の手へ渡ったなら、打ち砕くべき天国なので、刀そのものに執着があるのではなかったが、左門の手へ渡ったとあっては、自分の父忠右衛門の、天国不存在説が、あまりにもハッキリと破壊されたことになる。欝忿を感ぜざるを得なかった。
(父の敵、自分の怨み、汝《おのれ》左門、討たいで置こうか!)
怒りは頼母を狂気させた。
しかし左門の凄さ!
(どうしよう?)
この時、忽然と思い出されたは、やはり伊藤一刀斎の、剣道の極意を詠った和歌であった。
(切り結ぶ太刀《たち》の下こそ地獄なれ身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。……そうだ、身を捨ててこそ!)
頼母は猛然と斬り込んだ。
と、その瞬間、左門は、水の引くように、滑《なめ》らかに後へ退いた。
(逃げるぞ!)
頼母は驚喜した。自分の
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