に飛び散っている。張り渡した蜘蛛の網と見れば見られる。ところどころに、耳ほどの形の血痕が附いている。網にかかって命を取られた、蝶や蝉の屍《なきがら》と見れば見られる。血描きの女郎蜘蛛! これが紙帳に現われている模様であった。では、その蜘蛛を背の辺りに負い、網の中ほどに坐っている紙帳の中の武士は、何んといったらよいだろう? 蜘蛛の網にかかって、命を取られる、不幸な犠牲というべきであろうか? それとも、その反対に、蜘蛛を使い、生物の命を取る、貪婪《どんらん》、残忍の、吸血鬼というべきであろうか? と、紙帳に映っていた武士の姿が崩れた。斜めに映っていた刀の影が消え、やがて鍔音がした。鞘に納めたらしい。横を向いていた武士の顔が、廊下に突っ立っている、四人の浪人の方へ向いた。
「鈍刀《なまくら》じゃ、四本とも悉《ことごと》く鈍刀じゃ。お返し申す」
 四本の刀が、すぐに、紙帳の裾から四人の方へ抛《ほう》り出された。この時まで息を呑み、唾を溜めて、紙帳を見詰めていた四人の浪人は、不覚にも狼狽した声をあげながら、刀へ飛びかかり、ひっ[#「ひっ」に傍点]掴み、腰へ差した。その時はじめて怒りが込み上げて来たらしく、
「これ、そこな武士、無礼といおうか、不埓《ふらち》といおうか、無断で我らの腰の物を持ち去るとは何事じゃ! 出て来い! 出て来て謝罪いたせ!」と、角右衛門が怒鳴った。
 すると、それに続いて、南京豆のような顔をした紋太郎が、
「出て来い! 出て来て謝罪いたせ!」と鸚鵡《おうむ》返しのように叫び、「それに何んぞや鈍刀とは! 我らの刀を鈍刀とは!」
「何者じゃ! 名を宣《なの》れ! 身分を明かせ!」
 とさらに角右衛門が怒鳴った。
 すると、紙帳の中の武士は、少し嗄《しわが》れた、錆《さび》のある声で、「拙者の名は、五味左門と申す、浪人じゃ。当家が浪人を厚遇いたすと聞き、昨夜遅く訪ねて参り、一泊いたしたものじゃ。疲労《つか》れていたがゆえに、この部屋へ早く寝た。しかるにさっきから、遠くの部屋から、賑やかな、面白そうな話し声が聞こえて来た。一眠りして、疲労《つかれ》の癒えた拙者、眼が冴えて眠れそうもない。会話《はなし》の仲間へはいり、暇を潰そうと声をしるべに尋ねて行ったところ、広い部屋へ出た。酒肴が出ておる。悪くないなと思ったぞ。が、見れば、四本の刀が投げ出してあり、刀の主らしい四
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