皿や小鉢や燗徳利の取り散らされてある座敷に突っ立ったまま、四人は、また顔を見合わせた。わずかな時間《あいだ》に、四人の刀が、四本ながら紛失しているではないか。
「盗まれたのじゃ」
「家の者を呼んで……」
「いやいやそれ前に、一応あたりを調べて……」と、年|嵩《かさ》だけに、角右衛門は云い、燭台をひっさげると、次の間へ出た。次の間にも刀はなかった。その次の間へ行った。そこにも刀はなかった。そこを出ると廊下で、鉤の手に曲がっていた。その角にあたる向こう側の襖をあけるや、角右衛門は、
「おお、これは!」と云って、突っ立った。
続いた三人の武士も、角右衛門の肩ごしに部屋の中を覗いたが、「おお、これは!」と、突っ立った。
その部屋は十畳ほどの広さであったが、その中央《なかほど》に、紙帳《しちょう》が釣ってあり、燈火《ともしび》が、紙帳の中に引き込まれてあるかして、紙帳は、内側から橙黄色《だいだいいろ》に明るんで見え、一個《ひとつ》の人影が、その面《おもて》に、朦朧《もうろう》と映っていた。総髪で、髷を太く結んでいるらしい。鼻は高いらしい。全身は痩せているらしい。そういう武士が、刀を鑑定《み》ているらしく、刀身が、武士の膝の辺《あた》りから、斜めに眼の辺りへまで差し出されていた。――そういう人影が映っているのであった。それだけでも、四人の武士たちにとっては、意外のことだったのに、紙帳の面《おもて》に、あるいは蜒々《えんえん》と、あるいはベットリと、あるいは斑々と、または飛沫《しぶき》のように、何物か描かれてあった。その色の気味悪さというものは! 黒に似て黒でなく、褐色に似て褐色でなく、人間の血が、月日によって古びた色! それに相違なかった。描かれてある模様は? 少なくも毛筆《ふで》で描かれた物ではなかった。もし空想を許されるなら、何者か紙帳の中で屠腹《とふく》し、腸《はらわた》を掴み出し、投げ付けたのが紙帳へ中《あた》り、それが蜒《うね》り、それが飛び、瞬時にして描出したような模様であった。一所にベットリと、大きく、楕円形に、血痕が附いている。巨大な蜘蛛《くも》の胴体《どう》と見れば見られる。まずあそこへ、腸を叩き付けたのであろう。瞬間に腸が千切れ、四方へ開いた。蜘蛛の胴体から、脚のように、八本の線が延びているのがそれだ。蜘蛛の周囲を巡って、微細《こまか》い血痕が、霧のよう
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