大胆不敵の話だとな。何故というに他でもない。とにかく天下の関白職を、まるで鶏でも絞めるように、無雑作に殺すことに決めているからさ。そうしてにわかに恐ろしくなった。やはり秀吉は偉い奴だ。やろうと思えばどんなことでもやる。とても普通の人間ではない。隙だらけと思っていた伏見の城が、恐ろしいものにも思われて来た。今度忍んだら遣《や》られるだろう――そんなようにも思ったものさ」
 黙って聞いていた木村常陸介は、五右衛門の話が終えてからも、いぜんとして沈黙をつづけていた。
 で、境地はひそやかである。
 それだけに聚楽の主殿における、夜宴の賑かさが気味悪く聞こえる。
 と、卒然と常陸介は云った。
「五右衛門もう一度忍んでくれ」
「もう一度伏見城を探れと云うのか?」
「秀吉の寝首を掻いてくれ」
「…………」
 またも沈黙がやって来た。
 二人ながら黙っている。


忍び込んだ武士は?

 石川五右衛門は浪人であった。学者でもあるし茶人でもあるし、伊賀流の忍《しのび》もよくするし、侠気もあれば気概もあったが、放浪性に富んでいて、物に飽き易くて辛抱がなくて、則《のり》に附くことが出来なかった。二三の大名
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