だからな。ところで秀吉はどうかといえば、例の淀君めを相手にして、これもやはりたわい[#「たわい」に傍点]ないことを、話していたというものさ。と、声が聞こえてきた。
『……幸蔵主に胸を[#「胸を」はママ]含ましておいた。大方うまくやるだろう。……そう心にかけないがよい。……実子は俺だって可愛いいからの……』
 秀吉が淀君へ云ったのさ。すると淀めが笑い出したっけ。――これだけ聞けば用はない。で城から抜け出したが、その時つくづく思ったものだ。ナニ秀吉の寝首などは、掻こうと思えば掻けるものだとな。……秀吉だと云ったって人間だ、油断もあれば隙もあるとな。……それから俺は念のために、石田|治部《ちぶ》めの屋敷へ忍んだ。するとどうだろう増田|長盛《ながもり》めが、ちゃんと遣って来ているではないか。
『幸蔵主殿の甘言を以て秀次君をおびき出し、城中で詰腹を切らせましょう』
『いやいや我君のお眼に入れては、血縁のある伯父姪[#「姪」はママ]でござる。いっそ途中の伏見街道で、お腹を召さすがよろしかろう』
 これが二人の話なのだ。――これだけ耳にすれば用はない。で俺は直ぐに抜け出したのだが、道々俺は考えたよ。
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