これもほとんど無意識のように、お紅も片手を上げた。
で、死骸を前にして、二人の手と手とが握られた。
白い木蓮が背景となって、手を取り合った男女の姿が、月下に幸福そうに立っている。
しかしこういう二人の恋が、無事に流れて行こうとは、想像されないことであった。
執念深くて淫蕩で、傍若無人で権勢を持った、聚楽の若い侍に、お紅は狙われているのである。
奪い取られると見做さなければならない。
どのように北畠一家の者が、そのお紅を保護した所で、守り切れないことともなろう。
しかし、お紅にも秋安にも、そういう形勢は解っていた。
「もしものことがあろうものなら、潔よく自害をいたします」
九燿の星の紋所の付いた、懐刀をお紅は秋安に示して、そういうことを云ったりした。
が、ともかくも五日十日と、その後無事に日が流れて、二人の恋は愈々益々、その密《こまやか》さを加えて行った。
不破小四郎の邸
「浮田鴨丸《うきたかもまる》めが不足している。ちょっと寂しい気持がする」
「まさかにあの晩に鴨丸めが、切り付けようとは思わなかった」
「性来鴨丸めは周章《あわて》者なのだ」
「それに北畠秋元め
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